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寺田寅彦 Torahiko Terada 1878.11.28〜1935.12.31

アインシュタイン

アインシュタイン

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一

この間日本にぽんへ立寄ったバートランド・ラッセルが、「今世界せかい中で一番いちばんえらい人間じんかんはアインシュタインとレニンだ」というような意味いみの事を誰かに話はなしたそうである。この「えらい」というのがどういう意味いみのえらいのであるかが聞ききたいのであったが、遺憾いかんながらラッセルの使った原語げんごを聞き洩らした。

なるほど二人ふたりともに革命かくめい家である。ただレニンの仕事しごとはどこまでが成効であるか失敗しっぱいであるか、おそらくはこれは誰にもよく分らないだろうが、アインシュタインの仕事しごとは少なくも大部たいぶ分たしかに成効である。これについては世界せかい中の信用しんようのある学者がくしゃの最大さいだい多数たすうが裏書うらがきをしている。仕事しごとが科学かがく上の事であるだけにその成果せいかは極きわめて鮮明せんめいであり、従ってそれを仕遂げた人の科学者がくしゃとしてのえらさもまたそれだけはっきりしている。

レニンの仕事しごとは科学かがくでないだけに、その人のその仕事しごとの遂行者ぎょうじゃとしてのえらさは必かならずしも目前もくぜんの成果せいかのみで計量けいりょうする事が出来しゅったいない。それにもかかわらずレニンのえらさは一般いっぱんの世人せじんに分わかりやすい種類しゅるいのものである。取扱とりあつかいっているものが人間じんかんの社会しゃかいで、使っているものが兵隊へいたいや金きんである。いずれも科学的がくてきには訳の分らないものであるが、ただ世人せじんの生活せいかつに直接ちょくせつなものであるだけに、事柄ことがらが誰にも分わかりやすいように思われる。

これに反してアインシュタインの取扱った対象たいしょうは抽象ちゅうしょうされた時と空間くうかんであって、使った道具どうぐは数学すうがくである。すべてが論理ろんり的に明瞭めいりょうなものであるにかかわらず、使っている「国語こくご」が世人せじんに親しくないために、その国語こくごに熟しない人には容易たやすいに食い付けない。それで彼かの仕事しごとを正当せいとうに理解りかいし、彼かのえらさを如実にょじつに估価こかするには、一通ひととうりの数学的がくてき素養そようのある人でもちょっと骨が折おれる。

到底とうてい分らないような複雑ふくざつな事は世人せじんに分わかりやすく、比較ひかく的簡単かんたん明瞭めいりょうな事の方が却かえって分わかりにくいというおかしな結論けつろんになる訳であるが、これは「分わかる」という言葉ことばの意味いみの使つかい分わけである事は勿論もちろんである。

アインシュタインの仕事しごとの偉大いだいなものであり、彼かの頭脳ずのうが飛び離れてえらいという事は早くから一部いちぶの学者がくしゃの間には認したためられていた。しかし一般いっぱん世間せけんに持もて囃はやされるようになったのは昨今さっこんの事である。遠とおい恒星こうせいの光が太陽たいようの近ちかくを通過つうかする際に、それが重力じゅうりょくの場の影響えいきょうのために極きわめてわずか曲きょくるだろうという、誰も思おもいもかけなかった事実じじつを、彼かの理論りろんの必然ひつぜんの結果けっかとして鉛筆えんぴつのさきで割わり出だし、それを予言よげんした。それが云わば敵国てきこくの英国えいこくの学者がくしゃの日蝕にっしょく観測かんそくの結果けっかからある程度ていどまで確かめられたので、事柄ことがらは世人せじんの眼に一種いっしゅのロマンチックな色彩しきさいを帯おびるようになって来た。そして人々はあたかも急に天から異人ことひとが降って来たかのように驚異きょういの眼まなこを彼かの身辺しんぺんに集注しゅうちゅうした。

彼かの理論りろん、ことに重力じゅうりょくに関かんする新あたらしい理論りろんの実験じっけん的証左しょうさは、それがいずれも極きわめて機微きびなものであるだけにまだ極度きょくどまで完全かんぜんに確定かくていされたとは云われないかもしれない。しかし万一まんいち将来しょうらいの実験じっけんや観測かんそくの結果けっかが、彼かの現在げんざいの理論りろんに多少たしょうでも不利ふりなような事があったとしても、彼かの物理ぶつり学者がくしゃとしてのえらさにはそのために少すこしの疵きずもつかないだろうという事は、彼かの仕事しごとの筋道すじみちを一通ひととうりでも見て通った人の等しく承認しょうにんしなければならない事であろう。

物理学りがくの基礎きそになっている力学りきがくの根本こんぼんに或ある弱点じゃくてんのあるという事は早くから認したためられていた。しかし彼以前いぜんの多くの学者がくしゃにはそれをどうしたらいいかが分らなかった。あるいは大多数たすうの人は因襲いんしゅう的の妥協だきょうに馴なれて別にどうしようとも思わなかった。力学りきがくの教科きょうか書はこの急所きゅうしょに触れないように知らん顔をしてすましていた。それでも実用じつよう上の多くの問題もんだいには実際じっさい差支さしつかえがなかったのである。ところが近代きんだいになって電子でんしなどというものが発見はっけんされ、あらゆる電磁気じきや光熱こうねつの現象げんしょうはこの不思議ふしぎな物の作用さように帰納きのうされるようになった。そしてこの物が特別とくべつな条件じょうけんの下に驚おどろくべき快速かいそく度で運動うんどうする事も分って来た。こういう物の運動うんどうに関係かんけいした問題もんだいに触れ初そめると同時どうじに、今までそっとしておいた力学りきがくの急所きゅうしょがそろそろ痛いたみを感かんずるようになって来た。ロレンツのごとき優れた老大らおたい家は疾はやくからこの問題もんだいに手を附けて、色々な矛盾むじゅんの痛いたみを局部きょくぶ的の手術しゅじゅつで治療ちりょうしようとして骨折こっせつっている間に、この若わかい無名むめいの学者がくしゃはスイスの特許とっきょ局の一隅いちぐうにかくれて、もっともっと根本こんぼん的な大手術しゅじゅつを考かんがえていた。病の根は電磁気じきや光よりもっと根本こんぼん的な時と空間くうかんの概念がいねんの中に潜伏せんぷくしている事に眼をつけた。そうしてその腐くさりかかった、間まに合あわせの時と空間くうかんを取って捨てて、新あたらしい健全けんぜんなものをその代りに植え込んだ。その手術しゅじゅつで物理学りがくは一夜いちやに若返った。そして電磁気じきや光に関かんする理論りろんの多くの病竈びょうそうはひとりでに綺麗きれいに消滅しょうめつした。

病源を見つけたのが第一だいいちのえらさで、それを手術しゅじゅつした手際てぎわは第二のえらさでなければならない。

しかし病気びょうきはそれだけではなかった。第一だいいちの手術しゅじゅつで「速度そくどの相対そうたい性」を片付かたずけると、必然ひつぜんの成行なりゆきとして「重力じゅうりょくと加速度そくどの問題もんだい」が起って来た。この急所きゅうしょの痛いたみは、他の急所きゅうしょの痛いたみが消えたために一層いっそう鋭く感ぜられて来た。しかしこの方ほうの手術しゅじゅつは一層いっそう面倒めんどうなものであった。第一だいいちに手術しゅじゅつに使った在来ざいらいの道具どうぐはもう役に立たなかった。吾等の祖先そせんから二千にせん年来ねんらい使つかい馴なれたユークリッド幾何きか学では始末しまつが付かなかった。その代りになるべき新あたらしい利器りきを求もとめている彼かの手に触れたのは、前世紀せいきの中頃なかごろに数学者がくしゃリーマンが、そのような応用おうようとは何どの関係かんけいもなしに純粋じゅんすいな数学すうがく上の理論りろん的の仕事しごととして残のこしておいた遺物いぶつであった。これを錬きたえ直なおして造った新あたらしい鋭利えいりなメスで、数千すうせん年来ねんらい人間じんかんの脳の中にへばり付いていたいわゆる常識じょうしき的な時空じくうの観念かんねんを悉皆しっかい削り取った。そしてそれを切り刻んで新しく組立くみたてた「時空じくうの世界せかい像」をそこに安置あんちした。それで重力じゅうりょくの秘密ひみつは自明じめい的に解釈かいしゃくされると同時どうじに古ふるい力学りきがくの暗礁あんしょうであった水星すいせい運動うんどうの不思議ふしぎは無理むりなしに説明せつめいされ、光と重力じゅうりょくの関係かんけいに対たいする驚おどろくべき予言よげんは的中てきちゅうした。もう一つの予言よげんはどうなるか分らないが、ともかくも今まで片側かたがわだけしか見みる事の出来しゅったいなかった世界せかいは、これを掌上に置いて意のままに任意にんいの側から観みる事が出来できるようになった。観者かんしゃに関かんするあらゆる絶対ぜったい性を打破はする事によって現出げんしゅつされた客観きゃっかん的実在じつざいは、ある意味いみで却かえって絶対ぜったいなものになったと云ってもよい。

この仕事しごとを仕遂しとげるために必要ひつようであった彼かの徹底てってい的な自信じしんはあらゆる困難こんなんを凌駕りょうがさせたように見まみえる。これも一つのえらさである。あらゆる直接ちょくせつ経験けいけんから来くる常識じょうしきの幻影げんえいに惑わされずに純理じゅんりの道筋みちすじを踏んだのは、数学すうがくという器械きかいの御蔭おかげであるとしても、全く抽象ちゅうしょう的な数学すうがくの枠に万象ばんしょうの実世界せかいを寸分すんぶんの隙間すきまもなく切きりはめた鮮あざやかな手際てぎわは物理ぶつり学者がくしゃとしてその非凡ひぼんなえらさによるものと考かんがえなければならない。

こういう飛びぬけた頭脳ずのうを持っていて、そして比較ひかく的短みじかい年月としつきの間にこれだけの仕事しごとを仕遂しとげるだけの活力かつりょくを持っている人間じんかんの、「人」としての生立おいたちや、日常にちじょう生活せいかつや、環境かんきょうは多くの人の知りたいと思おもうところであろう。

それで私は有あり合あわせの手近てじかな材料ざいりょうから知り得られるだけの事をここに書き並べて、この学者がくしゃの面影おもかげを朧気おぼろげにでも紹介しょうかいしてみたいと思おもうのである。主おもな材料ざいりょうはモスコフスキーの著書ちょしょに拠よる外はなかった。要ようするに素人画家しろうとがかのスケッチのようなものだと思って読んでもらいたいのである。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「改造」1921(大正10)年10月1日
Source edition (底本)
底本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店

   1997(平成9)年5月6日発行

底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店

   1985(昭和60)年

初出:「改造」

   1921(大正10)年10月1日

※初出時の署名は「吉村冬彦」です。

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:Nana ohbe

校正:松永正敏

2006年7月13日作成

2011年11月27日修正

青空文庫作成ファイル:

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Nana ohbe
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松永正敏

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