Nihoner

中島敦 Atsushi Nakajima 1909.05.05〜1942.12.04

章魚木の下で

たこのきのしたで

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南洋なんよう群島ぐんとうの土人どじんの間で仕事しごとをしていた間は、内地ないちの新聞しんぶんも雑誌ざっしも一切目きりめにしなかった。文学ぶんがくなどというものも殆ほとんど忘わすれていたらしい。その中に戦争せんそうになった。文学ぶんがくに就ついて考かんがえることは益々無くなって行った。数ヶ月してから東京とうきょうへ出て来た。気候きこうばかりでなく、周囲しゅういの空気くうきが一度ひとたびに違ったので、大おおいに面喰った。本屋ほんやの店頭てんとうに堆高うずたかく積まれた書物しょもつ共を見て私は実際じっさい仰天ぎょうてんした。久しぶりで文学ぶんがく作品さくひんを読よむと流石さすがに面白くはあったが、南洋なんよう呆ぼけして粗雑そざつになった私の頭には、稍々やや微妙びみょうに過すぎ難解なんかいに感かんじられることが無なあいではなかった。この事は作品さくひん以外いがいの批評ひひょうや感想かんそうなどに至いたって更さらに其その度を増した。文壇ぶんだんの事情じじょうに就いての予備よび知識ちしきが全然ぜんぜん欠けていること、当然とうぜん知っていなければならない幾つかの術語じゅつごや合言葉あいことばを知らないこと、私が心理しんり的にも論理ろんり的にも余あまりに大ザッパな単純たんじゅんな人間じんかんになり過すぎて了ったこと、之等これらがその原因げんいんのようである。併しかし、とにもかくにも其等の文章ぶんしょうを通つうじて、文学ぶんがくをする者にとっての現在げんざいの問題もんだいというものが朧おぼろげながら判っては来た。思えば自分じぶんは今迄章魚木たこのきの下で、時局じきょくと文学ぶんがくとに就いて全く何とノンビリした考かんがえ方しかしていなかったことかと我ながら驚いた。ノンビリした考かんがえどころではない、てんで何も考かんがえなかったのだ。戦争せんそうは戦争せんそう、文学ぶんがくは文学ぶんがく。全然ぜんぜん別のものと思い込んでいたのだ。己に課せられた実務じつむが目下めしたの所第一だいいちの急務きゅうむで、他は顧かえりみる暇がない。稀に暇があった時にのみ些かは文字もんじを連つらねることもあったが、必かならずしも文学ぶんがく作品さくひんという意識いしきを以てではない。書かくものの中に時局じきょく的色彩しきさいを盛ろうと考かんがえたこともなく、まして、文学ぶんがくなどというものが国家こっか的目的もくてきに役立たせられ得えるものとは考かんがえもしなかった。少すこしくとも応用おうよう科学かがくが戦争せんそうに役立やくだつと同おんなじ意味いみで文学ぶんがくが戦争せんそうに役立ち得えるとは愚おろかにも思い及ばなかったので、此この際文学ぶんがくは忘れ去って唯当面とうめんの仕事しごとを一心いっしんにやっていればいいのだと簡単かんたんに考かんがえた。国民くにたみの一人ひとりとして忠実ただざねに活きて行ゆく中に、もし自分じぶんが文学者がくしゃなら其その中に何か作品さくひんが自然じねんに出来できるだろう。しかし出来しゅったいなくても一向いっこう差支さしつかえない。一人ひとりの人間じんかんが作家さっかになろうとなるまいと、そんな事は此この際大たいした問題もんだいではない。其その程度ていどのボンヤリした考かんがえで東京とうきょうへ出て来たものだから、種々な微妙びみょう複雑ふくざつな問題もんだいの氾濫はんらんにすっかり吃驚びっくりしたのである。成程なるほど、文学ぶんがくも戦争せんそうに役立ち得えるのかと其その時始はじめて気が付いたのだから、随分ずいぶ迂闊うかつな話だ。しかし、文学者がくしゃの学問がくもんや知識ちしきによる文化ぶんか啓蒙けいもう運動うんどうが役に立ったり、文学者がくしゃの古典こてん解説かいせつや報道文みちふみ作製さくせい術が役に立たったりするのは、之これは文学ぶんがくの効用こうようといって良いいものかどうか。文学ぶんがくが其その効用こうようを発揮はっきするとすれば、それは、斯こういう時世ときよに兎ともすれば見のがされ勝かちな我々の精神せいしんの外剛内柔性――或いは、気負い立たった外面そとずらの下に隠された思考しこう忌避きひ性といったようなものへの、一種いっしゅの防腐ぼうふ剤としてであろうかと思われるが、之もまだハッキリ言いい切きる勇気ゆうきはない。現在げんざい我々の味わいつつある感動かんどうが直すぐに其その儘作品さくひんの上に現あらわれることを期待きたいするのも些いささか性急せいきゅうに過すぎるように思われる。自己じこの作物さくぶつの時局じきょく性の薄うすいことを憂えて取って付けた様な国策こくさく的色彩しきさいを施ほどこすのも少々可笑おかしい。感動かんどうはあっても未いまだ文学ぶんがく的なものに迄醗酵はっこうしないし、古ふるい題材だいざいでは矢張やはり何かしっくりせず、其その他種々の事情じじょうから現在げんざいが書かきにくい時期じきだということは判わかる。だから、書けなければ書けないで、何も無理むりをして書かなくともいいのではないか。(ここで私は再ふたたび南洋なんようでの元の考かんがえ方に戻って来くる。)作家さっかという名前なまいは返上へんじょうして、戦時下じかの国民くにたみの一人ひとりとして戦争せんそう遂行すいこうに必要ひつような実務じつむにたずさわればいいのではないか。文学者がくしゃの戦場せんじょうは飽あく迄まで書斎しょさいにあると唱となえる人が多おおい。現在げんざいも尚旺盛おうせいな創作そうさく熱にとり憑つかれている人や、大おおいに自己じこの文学ぶんがくを以て御奉公ほうこうし得える自信じしんのある作家さっかなら、充分じゅうぶんにそれを主張しゅちょうする資格しかくがある。併しかし、全然ぜんぜん書けなくなったり、自己じこの作品さくひんに不安ふあんを感じたりするような人迄が、今迄文学ぶんがくをやって来たからというそれだけの事実じじつに引きずられて、無理むりに書斎しょさいに噛りついていることは無なあい。人手ひとでの足りない此この際、宜しく筆を捨てて何等かの実際じっさい的な仕事しごとに就いた方が、文学ぶんがくの為にも国家こっかの為にもなろうと思おもうのである。(実際じっさいは既すでに作家達いえさとは各々斯こうした仕事しごとに就いているのであって、私がそれを知らないだけかも知れない。それだったら何も言ゆうことは無なあい。)斯こういう粗あらい考かんがえ方は余あまりに文学ぶんがくを見縊みくびったように見まみえるだろうか。私自身おのれとしては毛頭もうとうそんなつもりは無なあい。却かえって文学ぶんがくを高だかい所に置いているが故に、此この世界せかいに於おける代用品ようひんの存在そんざいを許ゆるしたくないだけのことである。食料しょくりょうや衣服いふくと違って代用品ようひんはいらない。出来しゅったいなければ出来しゅったいないで、ほんものの出来できる迄待まつほかは無なあいと思おもう。だから、つい斯んなものの言い方になるのである。

章魚木たこのきの島で暮くらしていた時戦争せんそうと文学ぶんがくとを可笑おかしい程截然さいぜんと区別べっしていたのは、「自分じぶんが何か実際じっさいの役に立ちたい願ねがい」と、「文学ぶんがくをポスター的実用じつように供したくない気持きもち」とが頑固がんこに素朴そぼくに対立たいりつしていたからである。章魚たこ木の島から華の都へと出て来ても、此この傾向けいこうは容易たやすいに改まりそうもない。まだ南洋なんよう呆けがさめないのかも知れぬ。

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First published
「新創作」1943(昭和18)年新年号
Source edition (底本)
底本:「中島敦全集3」ちくま文庫、筑摩書房

   1993(平成5)年5月24日第1刷発行

初出:「新創作」

   1943(昭和18)年新年号

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:小池健太

校正:小林繁雄

2014年2月14日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
小池健太
Proofread by (校正)
小林繁雄

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