Nihoner

小川未明 Mimei Ogawa 1882.04.07〜1961.05.11

愛は不思議なもの

あいはふしぎなもの

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生活せいかつに差別さべつのあるのは、ひとり、幾万いくまんの人間にんげんの住すんでいる都会とかいばかりでありません。田舎いなかにおいても同おなじであります。その村むらは、平和へいわな村むらでありましたけれど、そこに住すんでいる人々ひとびとは、みんな幸福こうふくな身みの上うえというわけではありませんでした。

おしずは、小ちいさい時分じぶんに、父母ちちははに死しに別わかれて、叔母おばの家うちで育そだてられた孤児みなしごでありました。そして、十七、八のころ、村むらのある家うちに奉公ほうこうしたのであります。その家うちの人ひとたちは、情なさけある人々ひとびとでした。

「おしずは、両親ふたおやも、兄妹きょうだいもないのだから、かわいがってやらなければならぬ。」といって、そこの人ひとたちは、いたわってくれました。

彼女かのじょは、四つになる坊ぼっちゃんの守もりをしたり、家うちの仕事しごとをてつだったりして、毎日まいにちつつましやかに働はたらいていました。

村むらは、小高こだかいところにありました。春はるから、夏なつにかけて、養蚕ようさんに忙いそがしく、秋あきに、また、果物くだものが美うつくしく圃たんぼに実みのりました。大おおきな池いけがあって、池いけのまわりは、しらかばの林はやしでありました。暖あたたかになるころから、寒さむくなるころまで、いろいろの小鳥ことりが、林はやしにきて、いい声こえでさえずっていました。また、池いけからは、ふもとの村々むらむらの田たへかける水みずが流ながれていました。

薬売くすりうりや、そのほかの行商人ぎょうしょうにんが、たまたまこの村むらにやってきますと、

「いい村むらだな。」といって、ほめました。

そのはずであります。うっそうと、青葉あおばのしげった間あいだから、白壁しらかべの倉くらが見みえたり、楽たのしそうに少女しょうじょたちの歌うたうくわつみ唄うたが聞きこえたりして、だれでも平和へいわな村むらだと思おもったからであります。

ことに、収穫しゅうかくのすむ秋あきになると、空そらの色いろは冴さえて、木々きぎの葉はが色いろづき、遠とおくのながめもはっきりとして、ひとしおでありました。ちょうど、そのころ、お祭まつりがあります。一年ねんに、一度ど待またれた休やすみ日びですから、娘むすめたちは、着飾きかざって、きゃっきゃっといって、友ともだちの家うちなどを歩あるきまわりました。おしずも、いちばんいい着物きものに被換きかえて、お小使こづかい銭せんをもらって、坊ぼっちゃんをつれて、外そとへ出でました。けれど、彼女かのじょばかりは、こんなときに、かえって、なんとなくさびしそうでありました。もし、彼女かのじょにも、親おやがあったら、ほかの娘むすめたちのように、はしゃいで遊あそぶことができたでしょう。

ほんとうをいえば、おしずには、お祭まつりなどのない、平常いつものほうがよかったのでした。

「おしずさん、活動かつどうを見みにいった?」

ある日ひのこと、友ともだちが、外そとに坊ぼっちゃんと立たっている、彼女かのじょにたずねました。

「いいえ。」と、おしずは、頭あたまを振ふりました。

「日曜にちようは、昼間ひるまもあるし、それに、こんどは、おもしろいという話はなしだから、いってみない?」

友ともだちは、無邪気むじゃきに、こういいましたが、彼女かのじょは、自由じゆうでない、自分じぶんの体からだを考かんがえずにいられませんでした。

「私わたし、坊ぼっちゃんがあるから、どこへもいかれないの。」と、坊ぼっちゃんを見守みまもりながら、答こたえました。

ちょうど、このとき、トテトーといって、かなたの街道かいどうを、二里りばかり隔へだたる町まちの方ほうへゆく、馬車ばしゃのらっぱの音おとが聞きこえました。娘むすめたちはじっと、その方ほうをながめたのです。秋あきの日ひを受うけて、あかあかとして、松まつの並木なみきが見みえたのでありました。

こんなふうに、おしずは、けっして、ほかの子供こどものように、幸福こうふくであったということはできません。しかし、主人しゅじんが、思おもいやりが深ふかかったから、貧まずしい家うちの子供こどもらよりは、ときには、しあわせのこともありました。それよりも、彼女かのじょの幸福こうふくは、ほんとうに坊ぼっちゃんをかわいがっていたことです。

「坊ぼっちゃん、あれ、なんの音おとでしょう?」

こういって、自分じぶんも真剣しんけんになって、耳みみをかたむけながら、遠とおくの音おとを聞きいたりしました。

「坊ぼっちゃん、また、あんな雲くもが出でましたよ。」といって、二人ふたりで、空そらをながめたりしました。

「さあ、坊ぼっちゃん、私わたしに、おんぶしましょう。ねえやは、坊ぼっちゃんをおんぶして、どっかへいって、しまいましょうか。」

彼女かのじょは、じょうだんをいって、坊ぼっちゃんに、ほおずりをしました。

人ひとが見みていようと、見みていなかろうと、おしずは、よく坊ぼっちゃんのめんどうをみて、心こころから、かわいがっていました。

「雪ゆきや、こんこん、あられや、こんこん。」

子供こどもたちが、寒さむい風かぜの吹ふく中なかを口々くちぐちに、こんなことをいって、かけまわりました。いつしか、国境こっきょうの高たかい山々やまやまのとがった頂いただきは、銀ぎんの冠かんむりをかぶったように雪ゆきがきました。もう、この村むらの池いけの水みずが凍こおるのも間近まぢかのことです。

ちらちらと雪ゆきが降ふっては消きえ、消きえてはまた降ふるというようなことが重かさなりました。その後あとで寒さむい寒さむい、たたけば、空気くうきも鳴なりそうな冬ふゆとなりました。

ある朝あさのことです。小ちいさな子供こどもたちは、一、二丁ちょう離はなれた、池いけの水みずが凍こおったといって、その方ほうへ、足音あしおとをたててかけてゆきました。

「もう、きつねが渡わたったよ。」

「きつねが渡わたったから、乗のったっていいだろう。」

子供こどもたちは、小石こいしを拾ひろって、池いけの面おもてに投なげてみました。なまり色いろにすこしのすきまもなく、張はりつめた氷こおりは、金属きんぞくのような音おとをたてて、石いしは、どこまでも、どこまでもうなりながら、ころがってゆきました。

子供こどもたちは、また、どこからか竹たけざおを持もってきて、コツ、コツと氷こおりの面おもてをつつきました。氷こおりは、堅かたくて、いくら突ついても、突ついても、跡あとすらつきませんでした。もう、その上うえに乗のってもだいじょうぶだろうと、一人ひとり乗のり、二人ふたり乗のりしました。そして、そこにいた四、五人にんの子供こどもは、みんな乗のって、これから、毎日まいにち、こうして、遊あそばれると思おもうと、新あたらしい世界せかいを征服せいふくしたように、喜よろこびの声こえをあげました。

おしずは、さっきまで、家うちの前まえに、子供こどもたちと遊あそんでいた坊ぼっちゃんが見みえなくなったので、どこへいったのだろうと探さがしました。そして、みんな池いけの方ほうへいったと聞きくと、あわててその方ほうへやってきました。

子供こどもたちの遊あそんでいる声こえが、かすかに、あちらでしていました。彼女かのじょは、びっくりして、

「もう、氷こおりすべりをしているのでないかしらん? 坊ぼっちゃんもいっしょに?」と思おもうと、胸むねがどきどきとしました。

池いけの見みわたされるところまでくると、はたして、白しろい氷こおりの原はらの上うえに、子供こどもたちが黒くろくなって遊あそんでいました。

「坊ぼっちゃん! 坊ぼっちゃん。」と、叫さけびながら、彼女かのじょは、きちがいのように、走はしりました。なぜなら、「もう、池いけを渡わたっても、だいじょうぶだ。」といううわさを、まだ、だれからも聞きかなかったからです。

彼女かのじょの叫さけび声ごえは、冷つめたい空気くうきの中なかへ、むなしく消きえました。そして、ようやく、あちらのしらかばの林はやしから昇のぼりかけた、朝日あさひの光ひかりが、鏡かがみのような氷こおりの面おもてをぽうっと染そめたとき、小ちいさな子供こどもの影かげが、岸きしの近ちかくから離はなれて、もっと、もっと、あちらへ飛とんでゆくのを見みました。

「坊ぼっちゃあん!」と、彼女かのじょは、わめきながら、いつのまにか、自分じぶんも、氷こおりの上うえを駆かけていました。そして、だんだん、その小ちいさな黒くろい影かげに近ちかづいた時分じぶん、彼女かのじょの体からだの重おもみを支ささえるほど、まだ厚あつくなっていなかったとみえて、ふいに、氷こおりは破われて深ふかい水中すいちゅうに落おち込こんでしまいました。

幾年いくねんかたって、坊ぼっちゃんであった子こが、いつしか、少年しょうねんとなりました。そして、両親ふたおやや、また、村むらの人々ひとびとから、自分じぶんの守もりであった、おしずの話はなしを聞きいて、いたく心こころを動うごかしました。

「ほんとうに、かわいそうだな。そんなにまでかわいがってくれたのかしらん。どんな顔かおをしていたろう……。」

少年しょうねんは、空想くうそうしました。冬ふゆの寒さむい晩ばんに、空そらにきらきら輝かがやく星ほしを見みると、その中なかに、おしずの霊魂れいこんが星ほしとなってまじっていて、じっとこちらを見みているのでないかと思おもいました。ほかの子供こどもたちが、氷こおりすべりをおもしろがってしていますなかに、ひとりこの少年しょうねんのみは、沈しずみがちにすべっていました。

「おしずの落おちたのは、この辺へんだったろうか?」

哀あわれな少女しょうじょが、小ちいさな自分じぶんの後あとを追おってきて、氷こおりが破われて落おちた有あり様さまを目めに描えがいたのでした。また、夏なつの雨あめの晴はれた後あとなどに、この池いけのあたりを散歩さんぽしますと、緑みどりの葉はが、雲くものようにしげって、静しずかな水みずの上うえに、影かげを映うつしています。少年しょうねんは、じっと、たたずんで水みずの上うえを見みつめていました。すると、このとき、どこからともなく、マンドリンの音ねがきこえてきたのでした。

「あ、マンドリンの音ねだ。どこからするのだろう?」

よく、旅たびから、やってくる芸人げいにんが、月琴げっきんや、バイオリンや、尺しゃく八などを鳴ならして、村むらにはいってくることがありました。少年しょうねんは、やはりそんなものがきたのであろうと思おもいましたが、べつに、あたりには、人ひとの影かげも見みえませんでした。マンドリンの音ねは、近ちかく、また遠とおく、きこえたかと思おもうと、しばらくして、水みずの中なかに沈しずんでいったように聞きこえなくなってしまいました。

少年しょうねんは、家いえへ帰かえってから、今日きょう、池いけのほとりでマンドリンの音ねを聞きいたが、芸人げいにんでもきたのかしらんと話はなしました。すると、お母かあさんが、顔かおの色いろを変かえて、

「これからおまえは、池いけの辺ほとりへ、一人ひとりでいってはいけません。」といわれました。

「なぜですか、お母かあさん?」

「おしずが、おまえを呼よぶのです。」

それは、家いえにあった、マンドリンを鳴ならして、おしずがおまえのお守もりをしたというのでありました。

「物置ものおきを開あけてごらんなさい、マンドリンがあるから。その古ふるいマンドリンを鳴ならして、おまえが泣なくと、よく唄うたなどを歌うたってあやしたものだ……。」と、お母かあさんは、いわれました。

少年しょうねんは、そんなこともあったのかと思おもいました。

それから、また幾年いくねんかたったのであります。少年しょうねんは、いつのまにか、りっぱな、青年せいねん彫刻家ちょうこくかとなっていました。そしてもう田舎いなかにいず、都会とかいに出でて生活せいかつしていました。

十七、八の美うつくしい娘むすめさんたちを見みると、彼かれは、おしずのことを考かんがえ出ださずにはいられませんでした。なぜなら、おしずはちょうどそのころに、守もりをしていて、自分じぶんを救すくおうとして死しんだからです。しかも、孤児こじであった、彼女かのじょは、けっして、幸福こうふくとはいえませんでした。それを思おもうと、青年せいねんは美うつくしい人ひとを見みても心こころをひかれることがなかったのです。

「おしずの顔かおを一度ど、夢ゆめになりと見みたいものだ。そうしたら、その顔かおを製作せいさくするのに……。」と、思おもっていました。

話はなしに聞きいても、おしずは、そんなに美うつくしい女おんなではなかったということです。けれど、彼かれには、やさしい、美うつくしい、そして、情なさけ深ぶかい、女おんなに思おもわれました。他たのどんな美うつくしい女おんなとも、それはくらべものにならないほど、理想りそうの顔かおに思おもわれました。彼かれは空想くうそうするような顔かおを探さがそうとしましたけれど、モデルになるような女おんなはなかなか見当みあたりませんでした。彼かれは、せめても、おしずにお守もりをされた、当時とうじの四つばかりの自分じぶんの顔かおを写真しゃしんによって、作つくってみようと思おもいたちました。それを作つくることは、彼女かのじょへの心こころづくしであるようにすら考かんがえられたからです。

彼かれは、おしずの死しんだ、寒さむい冬ふゆのころから、その顔かおの製作せいさくにかかりました。こんな顔かおをして自分じぶんは、氷こおりの上うえに遊あそんでいたのだと、思おもいたかったのでした。そして、この製作せいさくはようやく、春はるになってからできあがりました。その仕事しごとの終おわった日ひのことです。彼かれは、アトリエで、疲つかれてうとうとといすにもたれて眠ねむっていました。春はるの月つきがほんのりと窓まどのすりガラスを照てらしていました。

どこからともなく、マンドリンの音ねが、聞きこえたのです。彼かれは、驚おどろいて、目めをさましました。すると、国くにから持もってきて、アトリエの壁かべにかけてあったマンドリンを手てに持もって、十七、八のみすぼらしいふうをした田舎娘いなかむすめが、それを鳴ならしながら、自分じぶんの製作せいさくした彫刻ちょうこくの前まえに立たって、その顔かおを見みつめているのです。青年せいねんは、はっとしました。自分じぶんは、夢ゆめを見みているのでないかと、大おおきく目めをみはりました。髪かみのこわれた、短みじかい着物きものをきた田舎娘いなかむすめは、まぼろしでも、夢ゆめでもないように、はっきりと立たっていたのです。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「定本小川未明童話全集 7」講談社

   1977(昭和52)年5月10日第1刷発行

   1982(昭和57)年9月10日第6刷発行

底本の親本:「未明童話集5」丸善

   1931(昭和6)年7月10日発行

※表題は底本では、「愛(あい)は不思議(ふしぎ)なもの」となっています。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:館野浩美

2019年3月29日作成

2020年11月1日修正

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
特定非営利活動法人はるかぜ
Proofread by (校正)
館野浩美

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