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若山牧水 Bokusui Wakayama 1885.08.24〜1928.09.17

みなかみ紀行

みなかみきこう

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序文

幼おさない紀行文こうぶんをまた一冊に纏まとめて出版しゅっぱんすることになった。実はこれは昨年さくねんの九月早々市上しじょうに出でる事になっていて既すでに製本せいほん済になり製本屋ほんやに積上あげられてあったところを例の九月一日ついたちの震火に焼かれてしまったものであった。幸い紙型しけいだけは無事ぶじに印刷いんさつ所の方に残っていたので、本文ほんぶんをばすべてもとのままにし、僅かにこの序文じょぶんだけを書き改めて出だすことになったのである。

紀行きこう文集ぶんしゅうとして本書ほんしょは私の第三冊目にあたる。第一だいいちは『比叡ひえいと熊野くまの』

(大正八しょうはち年九月発行はっこう)

、第二は『静しずかなる旅をゆきつつ』

(大正たいしょう十年七月ふみつき発行はっこう)

、そしてこれである。なおそれ以前いぜん雑文集ぶんしゅうとして出したものの中にも数篇の紀行文こうぶんがあったとおもう。

本書ほんしょに輯めた十二とうに篇は、新あたらしいのを初はじめに、旧ふるい作を終おわりの方に置いてある。即すなわち「みなかみ紀行きこう」は昨年さくねん四月初つきはじめの執筆しっぴつで最後さいごの「伊豆いず紀行きこう」は一昨いっさく々年あたりに書いたものであった。或ある一つの旅のことを幾つかの題目だいもくのもとに分わけて書いてあるのがあるが、これは新聞しんぶんや雑誌ざっし等から求もとめられて書いた場合ばあいにその要求ようきゅうの行数ぎょうすうや期日きじつに合あわすために自おのずと斯こうなったもので、中には永ながい時日じじつを間に置いて書き継いだものなどもある。従って文体ぶんたいや筆致ひっち及および文の長短ちょうたん等に調和ちょうわを欠いた処のあるを憾うらむ。

なお言い添えておきたいのは、私の出懸でかける旅は多く先まず心を遣やるための旅である。ためにその紀行文こうぶんもともすればその場その場の気持きもちや情緒じょうしょを主としたものとなりがちで、どうしても案内記ないき風のものとは離はなれてゆこうとする。で、大概たいげいは当っているであろうが、文中ぶんちゅうに認したためられた里数りすうとか方角ほうがくとかに就いては必かならずしも正確せいかくを期し難なんいという事である。要ようするに若もし読者どくしゃが私と共にこれら山川さんせんの間に心を同おなじゅうして逍遥しょうようし得らるる様な事にでもなれば本書ほんしょ出版しゅっぱんの望のぞみは達せられたと見ていいのである。

旅ほど好このましいものはない。斯こうして旅に関して筆を執っていると早やもう心のなかには其処そこ等の山川さんせん草木そうもくのみずみずしい姿がはっきりと影を投なげて来ているのである。折も折、いまは一年中ねんじゅう落葉おちばのころと共に私の最もっとも好このむ若葉わかばの季節きせつで、峰から渓間けいかん、渓間けいかんから野原のはらにかけて茂っているであろう樹木じゅもくたち、その間に啼きかわして遊んでいるであろういろいろの鳥たちのことを考かんがえると、しみじみ胸の底が痛んで来くる。

旅はほんとに難有ありがたい。よき旅をし、次第しだいによき紀行文こうぶんを書いてゆきたいものといままた改あらためて思おもう。

大正たいしょう十三じゅうそう年五月さつき廿日

富士ふじ山麓さんろく沼津ぬまず市にて

若山わかやま牧水ぼくすい

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Source edition (底本)
底本:「みなかみ紀行」中公文庫、中央公論社

   1993(平成5)年5月10日発行

底本の親本:「みなかみ紀行」書房マウンテン

   1924(大正13)年7月

※「陰」と「蔭」、「着いた」と「著いた」、「背」と「脊」、「舟」と「船」、「湯ヶ島」と「湯が島」の混在は、底本通りです。

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校正:岡村和彦

2017年7月11日作成

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